モダンガールとシガレット

舘かおる(お茶の水女子大学)

 モダンガールの表象にシガレットは欠かせないアイテムである。19世紀後半から登場する欧米の女性参政権運動家のシンボルもまた、シガレット喫煙であった。そしてアール・デコのエレガントな女性や銀幕のスターたちもシガレットを優雅に燻らす。タイピストもカフェの女給もシガレットを吸う。1920年代末から1930年代の日本において、新たな社会現象として現出し、表象される女性たちの多くは、シガレットを喫煙する。本報告は、「シガレット」という商品、「シガレット喫煙」という行為を通じて、日本における「モダンガール」という社会現象の解明を試みるものである。

 「刻み煙草」の歴史が長い日本において、「紙巻煙草」(シガレット)が民間のたばこ会社によって製造されるようになるのは、1890年頃からである。だが1903年に、煙草は、国家による専売制となり、国営工場で製造し、専売公社で独占販売し、たばこ税を徴収して国税の主要な収益とするナショナルなものになった。そして、同時期に煙草輸出政策により中国、朝鮮に東亜煙草株式会社を設立して販路を求める、コロニアルなものともなっていったのである。

 1900年頃から1920年代末までの間、日本社会は女性の喫煙タブー規範を形成させた。それには、日清・日露戦争期に軍隊に優先的にシガレットを送るようになったことが起因している。「シガレットは男のもの」と認識されるようになり、煙草宣伝ポスターに登場する女性は、夫の出世や知人へのお礼のためにシガレットをプ レゼントする主婦であった。しかし、1920年代末に本格化する消費文化の到来は、シガレットをモダニティの表象とみなし、様々な階層、職種、年齢、学歴の女性にシガレット喫煙を広めることになる。同時にそれらは、女性のセクシュアリティや主体の有り様、欲望や表現を差異化するものでもあった。 

 本報告では、日本国内と中国、朝鮮等を販路にいれたシガレットという商品の流通に示されるモダニティ、女性にとってのシガレット喫煙という行為に内包された、「モダニティ」の多義的様相が物語るもの、これらの内実を明らかにすることを意図している。