ジェンダー研究の国際的拠点 - お茶の水女子大学 ジェンダー研究センター
 

ジュディ・ワイスマン

オーストラリア国立大学社会科学研究科社会学教授
赴任期間:2006年9月-2006年11月

第21回夜間セミナー

「ジェンダーとテクノサイエンス」(Gender and the Politics of Technoscience)

期間

2006年10月3日、10日、17日、24日(火)、11月9日(木)

担当

ジュディ・ワイスマン
(お茶の水女子大学ジェンダー研究センター外国人客員教授
オーストラリア国立大学教授)

内容

お茶の水女子大学ジェンダー研究センター(IGS)は、2006年9月から2006年11月まで、オーストラリア国立大学(ANU)のジュディ・ワイスマン氏を客員教授としてお迎えすることになりました。   

ワイスマン教授は、ANUのほか、London School of Economics研究員、ハーバード大学、スウェーデンのルレラ工科大学、スイス連邦工科大学、ウィーン大学、オックスフォード大学インターネット研究所などの客員教授を歴任し、オーストラリアと欧米の研究機関を中心に精力的な研究活動を繰り広げています。   

氏の専門は社会学ですが、テクノロジーと社会に関わるジェンダー分析という研究領域においては、先駆的な存在です。The Social Shaping of Technology(共編著、1985)を皮切りに、著書Feminism Confronts Technology(1991)、およびTechnoFeminism(2004)では、テクノロジーとフェミニズムの研究を本格的に展開しました。また、1998年に刊行したManaging Like a Man: Women and Men and in Corporate Managementや最新の著書、The Politics of Working Life (共著、2005)では、テクノロジーの変化と働く場所の変化に伴う、男女の関係やアイデンティティについて考察しています。   

今回、ワイスマン教授は「ジェンダーとテクノサイエンス」というテーマのもとに、5回連続の夜間セミナーを行います。氏の研究は、社会科学、人文科学、科学技術を専門とする研究者にとって興味深く、示唆に富むものであると同時に、雇用現場の経営及び労働に従事する方たちにも有益なものとなりえると思われます。大学内外に開かれたセミナーですので、皆様ふるってご参加ください。

  • 第21回夜間セミナー実行委員会  舘かおる、小川眞里子、柘植あづみ、椎尾一郎、高橋さきの、水島希、三村恭子、横山美和
  • 事務局 林奈津子、岸野幸子、飯田伸彦

セミナーを始めるにあたって
ジュディ・ワイスマン

 今回のセミナーでは、技術が社会によってどのように形成されるのか、また技術がジェンダー区分やジェンダー不平等をどのように具体化し変容させるのかについて検討する。特に、ジェンダーについての考え方や実践が、情報通信技術のデザイン、生産、用法に影響を与えていること、他方、技術製品と技術文化が、ジェンダーアイデンティティの形成に不可欠であることを論じたい。技術は、政治的な利害や課題を具体的に表現し、推進する存在であり、また客観的な科学的発見の結果であるのと同程度に、社会構造、文化、価値観、政治の産物なのである。

 このセミナーでは、まず技術決定論がどのように批判され、また科学技術論という分野がどのように発展してきたのかを見ていくことにする。さらにセミナーでは、技術に関する理論面での議論と、技術の実質的領域の両方について吟味し、それを踏まえた上で、情報通信技術に関わるジェンダー関係について、悲観的な見方と楽観的な見方の双方を詳しく検討する。たとえば探究されるべき一つの課題は、どのような経緯で技術ならびに技術的専門知が男らしさと密接に結びつけられるようになったのかということである。技術的傾向の強い職種で女性が周辺化されてきた結果、技術のフェミニズム分析ではこれまで悲観論が多くみられた。しかし、情報通信技術は楽観論を優位に立たせてきている。サイバーフェミニズムやサイボーグ・フェミニズムなどの多様なフェミニズム理論の評価がなされるであろうが、とりわけ、デジタル技術が本質的に解放的だとする主張は、検討すべきものである。私は、そうした主張の決定的な弱点として、技術決定論に陥る可能性を指摘しようと思う。そしてこれらに代わるものとしてテクノフェミニズムを提示して、私は今回の連続セミナーを締めくくるつもりである。テクノフェミニズムは、フェミニズムのポリティクスを中核に据え、ジェンダーと技術が相互にかたちづくられることを強調するものである。

 今回のセミナーでは、総体として、フェミニズムの立場から情報通信技術に関する社会研究を行う際の多様なアプローチの概念的基盤を提供したい。すなわち、技術および技術とわれわれとの関係を形成するさまざまに入り組んだ力について、詳細な経験的探究を行うための適切な理論的枠組みや学術ツールを提供しよう考えている。ジェンダー研究も科学技術論(STS)研究も共に歴史学、社会学、カルチュラル・スタディーズ、コミュニケーション研究、政治理論、法学、経済学、科学研究に依拠しているので、ここでは当然ながら学際的アプローチを必要とすることになろう。この意味で、本コースでは受講者に、ジェンダーと技術に関する分析が分野横断的なスキルをどのように必要とするかについて、一つのパラダイムを提供する。

開催日
テーマ
コメンテーター
司会
第1回
10月3日(火)
ジェンダーとテクノサイエンスのポリティクス 村上陽一郎
(国際基督教大学教授)
舘かおる
(本学)
第2回
10月10日(火)
社会によるテクノロジーの形成 林真理
(工学院大学助教授)
三村恭子
(本学D1, COE研究員)
柘植あづみ
(IGS客員教授,
明治学院大学教授)
第3回
10月17日(火)
テクノロジー、仕事、男らしさ 小倉利丸
(富山大教授)
水島希
(COE PD研究員)
舘かおる
(本学)
第4回
10月24日(火)
コンピュータ文化
―サイバースペースで生きる方法―
豊福 剛
(翻訳家)
千田麻理子
(本学大学院M2)
根村直美
(COE客員研究員,
日本大学助教授)
第5回
11月9日(木)
テクノフェミニズム
―ワイヤレス世界の専門知とエージェンシー―
高橋さきの
(翻訳家, IGS研究協力員,
COE研究協力者)
舘かおる
(本学)

第1回(10月3日)
ジェンダーとテクノサイエンスのポリティクス
Introduction: Gender and the Politics of Technoscience

  フェミニズムは、技術が女性の生活や人生に及ぼす影響について、これまで相反する見方を持ち続けてきた。すなわち、どんな未来が待っているかについて、ユートピア的な見方とディストピア的な見方の間で揺れてきたといえる。同じ技術革新を、女性に抑圧的であるという理由で全面的に拒絶するかと思えば、本質的に解放的であるとして無批判に受け入れたりしてきたのである。第1回目の講義では、フェミニズムと技術が対峙するこの領域における、いくつかの視点を概観してみたい。技術社会学とジェンダー理論の両方に依拠しつつ、技術をめぐる社会科学の論争に切り込むためのフェミニズムの視点を定める議論を行う。技術製品は、それ自体、ジェンダーに関わる関係性、意味、アイデンティティによって形成される。冷蔵庫から避妊薬にいたるまで、また家や車や都市からワープロや兵器にいたるまで、われわれが当然のこととして認めているそれらの技術のデザイン、開発、利用には、実は、性的差異の階層構造が深いところで影響を及ぼしているのである。技術の変容過程がジェンダーの権力関係の重要側面である以上、社会科学はこれに関わり続ける必要があるというのが、私の立場である。


◆基本文献◆
Judy Wajcman (2004). ‘Male Designs on Technology’ Chapter 1 in Judy Wajcman, TechnoFeminism, Cambridge: Polity Press.

第2回(10月10日)
社会によるテクノロジーの形成
The Social Shaping of Technology

  第2回目の講義では、技術決定論の主要な問題について詳細に検討する。そうすることで、今後このシリーズ講義で扱う他の問題に関連をもたせることができよう。たとえばIT(情報テクノロジー)「革命」をめぐる多くの議論で技術決定論が果たす役割というようにである。さて、技術決定論の中核をなす議論は、発動機(motor)や「原動機(prime mover)(第一動者)」のように、技術が変化を引き起こすというものである。そして多くの場合、この変化をまさしく「進歩」と称するのである。たしかに技術決定論には、一片の真理がある。技術は、重要である。技術は、われわれの生活の物質的条件や生物的物理的環境に影響するだけでなく、社会の中でのわれわれの生き方にも大きく影響する。しかし、この理論は、技術の最も重要な変化が、企業や政府が下す政治的経済的決断や社会的動向によってもたらされるものであることを見落としている。つまり、人が歴史を「作る」のであって、技術が決定するわけではない。また、 物事は意図された通りに進行するわけでもなく、計画は頓挫するし、変化や衝突も予測不能である。どんな技術についても、そのデザインと開発に、社会的政治的過程が関与しているのである。

◆基本文献◆

L.. Winner (1985 and 1999). ‘Do Artifacts have Politics?’ in Donald MacKenzie and Judy Wajcman eds. The Social Shaping of Technology, Second Edition, Milton Keynes: Open University Press. (邦訳 『鯨と原子炉―技術の限界を求めて』ラングトン・ウィナー著、吉岡斉・若松征男訳、紀伊国屋書店、2000)
Introductory essays in Donald MacKenzie and Judy Wajcman (eds) (1985 and 1999) The Social Shaping of Technology: Second Edition, Milton Keynes: Open University Press.

第3回(10月17日)
テクノロジー、仕事、男らしさ
Technology, Work and Masculinity

 労働市場におけるジェンダー区分(分業)は、多くの国で十分な資料に基づき検証されていることがらである。これは、職種による分業(水平方向)と職階による分業(垂直方向)の二方向の分離から構成されている。われわれが職業について考えるとき、多くの場合それらの職業には、その理想的な労働者の特質についてジェンダーが想定されている。このように論じるときの中心的テーマは、社会が技術をいかに構築するか [技術の社会構築主義] が、職種と職階のジェンダー分離にいかに影響してきたかという点に関係する。フェミニズム研究者は、科学・技術分野で女性が少数派であり続ける長く複雑な歴史に取り組んできているが、まさにそれらの研究者の中心的関心もそこに向けられてきた。第3回目の講義では、いかにして「女の織物ではなく男の機械」が技術に関して近代の指標となったのかについて探る。具体的には、職場において性による職種の分離をもたらし固定化していくのに、技術が果たす役割について考える。中心テーマは、技術のノウハウや技能と男らしさとが、なぜこれほどまでに一貫して関係づけられてきたのかとなろう。

◆基本文献◆

Judy Wajcman (1991). ‘The Technology of Production: Making a Job of Gender’, Chapter 2, Feminism Confronts Technology. Cambridge: Polity Press.
C. Cockburn (1983). ‘The Material of Male Power’ in Donald MacKenzie and Judy Wajcman eds. Fuller version Brothers: Male Dominance and Technological Change, Pluto Press.

第4回(10月24日)
コンピュータ文化:サイバースペースで生きる方法
Computer Culture: Living in Cyberspace

 最近の情報通信技術の発展を受けて、ポストモダニズムの立場にたつ一部のフェミニストは、デジタル革命は、家父長制をはじめとする伝統的な制度的慣行や権力基盤の凋落を予兆するものだと議論するようになっている。こうした議論では、サイバースペースの仮想性は、ジェンダー差の基盤とされてきた自然な生物学的実体の終焉を意味するものとみなされ、インターネットは女性的なあり方を表し、女性と機械との関係性を変化させる多様な可能性を生み出すものとされる。ここでは技術自体が、女性を解放する存在とみなされている。サイバーフェミニズムは、こうした理論的立場の一例であり、行為する存在としての自己やその媒介性が強調され、ユートピア的な見方を生成する。携帯電話もまた、家庭と仕事との境界や、公的領域と私的領域との境界を攪乱しうる存在として注目を集めている。第4回目の講義では、こうした新たなメディア技術が、通信のポリティクスと時間と空間のポリティクスに対してもつ意味を検討する。

◆基本文献◆

Sherry Turkle, The Second Self, (1984 and 2005) Cambridge, Mass.: MIT Press.(邦訳 『インティメイト・マシン―コンピュータに心はあるか』シェリー・タークル著、西和彦訳、講談社、1984)
Judy Wajcman (2004) ‘Virtual Gender’ Chapter 3 in Judy Wajcman, TechnoFeminism, Cambridge: Polity Press.

第5回(11月9日)
テクノフェミニズム:ワイヤレス世界の専門知とエージェンシー  
TechnoFeminism: Expertise and Agency in a Wireless World

 最終回では、テクノサイエンスの社会研究が、技術と社会の関係を近年どのようなものとして考えているかについて詳しく見ていこう。現在では技術は、社会をまとめあげている組織構造の一部と理解されている。それというのも技術は、単に専門的であったり社会的であったりするような存在ではないからである。技術はむしろ常に、社会・物質的な産物、すなわち、技術製品、人々、組織、文化的な意味や知識などを結びつける継ぎ目のないウェブないしネットワークだというべきなのだろう。 つまり技術的変化とは、技術と社会が相互に構成されるような偶発的で異種混合的な過程であるといえる。こうした見方に沿って言えば、新たに立ち現れたテクノフェミニズムは、ジェンダーと技術が相互に形成しあう関係にあると捉えており、そうした関係では、技術はジェンダー関係の源泉であるとともに結果でもある。つまり、ジェンダー関係は、技術において具体化され、男らしさや女らしさは、稼働する機械に組み込まれ埋め込まれることを通して、その意味や特質を獲得すると考えることができる。そのようなアプローチは、技術を社会=技術的ネットワークととらえる構築主義的概念と共通するものであり、テクノサイエンスの実践をめぐる物質的、論証的、社会的要素を統合する必要を認めている。社会が技術と共同して作られるものであるなら、ジェンダーの権力関係がデザインや技術革新に及ぼす影響と、技術の変化が男女両性に及ぼす影響の二つを探ることは不可欠である。

◆基本文献◆

Judy Wajcman (2004). ‘Metaphor and Materiality’ Chapter 5 in Judy Wajcman, TechnoFeminism, Cambridge: Polity Press. ◆「女性と技術」の文献についてのおすすめウェブサイト◆
http://www.umbc.edu/cwit/cwitbooks.html

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