ジェンダー研究の国際的拠点 - お茶の水女子大学 ジェンダー研究センター
 

IGS通信2015

国際シンポジウム「科学と工学を目指す女性へ」

  2016年1月18日(月)、お茶の水女子大学にて、ジェンダー研究所主催による国際シンポジウム「科学と工学を目指す女性へ」が開催された。本シンポジウムは、本学ジェンダー研究所特別招聘教授アン・ウォルソール氏と石井クンツ昌子ジェンダー研究所長が企画立案を担当した。基調講演には、カリフォルニア大学アーバイン校のキャロル・セロン教授をお招きし、パネリストとして、本学の鷹野景子理学部化学科教授、加藤美砂子理学部生物学科教授にご登壇いただいた。
 キャロル・セロン氏の基調講演タイトルは、「固執は文化:職業的ソーシャライゼーションと性差別の再生産」。アメリカの大学の工学系学生を対象とした調査から、工学の分野における男性中心の文化が、男女の学生が専門家となるソーシャライゼーションのプロセスにいかに影響しているかを明らかにした。大学入学時、学生は、男女とも同じスタート地点に立っているが、実習や知識の習得、インターンシップなどの過程で、女性は男性支配的な理工系職業における性差別の影響を受け、排除されたり、補助的役割など不利な立場へと追いやられる。そのため、自身の職業的適性についての自信を喪失したり、理工系の職業に魅力を感じられなくなり、結果的に、理工系専門職領域の外へと押し出されるという傾向がみられる。職業的ソーシャライゼーションが性差別の再生産の原因になっている、ということである。
 続いて加藤美砂子氏が「理系学会における女性比率」のタイトルで、男女共同参画学協会連絡会による「連絡会加盟学協会における女性比率に関する調査」の結果に基づき、日本の理系各分野における女性の進出について発表した。理系学会を、建築系、情報・工学系(工学系と呼ぶ)、数学・物理・化学・地学系(理学系と呼ぶ)、生物・医薬・農学系(生物系と呼ぶ)、複合領域の5つに分類し、各分野の女性比率を比較すると、2%から24%の開きがある。女性比率が高いのは、生物系の学会であり、工学系は低い。ただし建築系は、大きなくくりでみれば工学系だが、例外的に女性比率が高い。また、近年の変化として、多くの学会で女性比率の増加がみられると報告した。
 鷹野景子氏は、「進路選択における母親の意識の影響に関する調査研究の紹介」と題し、お茶の水女子大学の卒業生を対象とした調査の結果を発表した。鷹野氏によると、子どもの理系への進学に賛成か否かは、子どもの性別による差はないが、進学する学部についての意見や、理系への進学が良いと思う理由に、明らかな違いがある。母親が女子に対して進学を望むのは、1位薬学部、2位医学部、3位理学部であるが、男子に望むのは、1位工学部、2位理学部、3位医学部であった。また理系への進学が良いと思う理由では、「資格や免許が取れる」「仕事と家庭の両立」の比率が、女子については高かった。また、母親が理系だと、子どもが理系に進学することを肯定的に捉える傾向があり、子どもの実際の進学先も、理系の学部が多い、といった報告がなされた。
 その後のディスカッションでは、聴衆も交えて、科学・工学分野の女性比率を高めたり、女性に不利に働くソーシャライゼーションのあり方を改善するにはどうしたらよいかといった点に焦点をあてた質疑応答が行われた。悪天候という条件もあってか参加人数は少なかったが、この問題に深い興味を持つ方が集まり、活発な討論となった。

 

《開催詳細》
【日時】2016年1月18日(月)18:10~20:20
【会場】お茶の水女子大学本館306号室
【基調講演】
キャロル・セロン(カリフォルニア大学アーバイン校教授)
「固執は文化:職業的ソーシャライゼーションと性差別の再生産」
【パネリスト】
加藤美砂子(お茶の水女子大学教授) 「理系学会における女性比率」
鷹野景子(お茶の水女子大学教授) 「進路選択における母親の意識の影響に関する調査研究の紹介」
【司会】アン・ウォルソール(IGS特別招聘教授)
【開会・閉会の辞】石井クンツ昌子(IGS所長)
【主催】お茶の水女子大学ジェンダー研究所
【共催】お茶の水女子大学グローバルリーダーシップ研究所
【参加者数】19名

《 2016/3/31掲載 》


キャロル・セロン氏

アン・ウォルソール氏

加藤美砂子氏

鷹野景子氏

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第7回IGSセミナー:アン・ウォルソール特別招聘教授講義
「いい兄貴-わるい弟:gender dynamics in an early modern family」

  2015年12月16日(水)、アン・ウォルソールIGS特別招聘教授によるIGSセミナー「いい兄貴―わるい弟:gender dynamics in an early modern family」が開催された。ウォルソール先生は、日本の近世史をご専門とされる歴史学者で、現在は、長くお勤めになられたカリフォルニア大学アーバイン校の名誉教授となられている。
 講義では、武家社会の家父長制により生み出されている兄弟間格差や、次男以下の男性は成人し一家を構えた後も、父親と長兄の従属的立場から逃れることが出来ない構造について、平田篤胤の息子銕胤とその長男延胤(いい兄貴)、次男銕弥(わるい弟)の関係を、当事者たちが書き残している書簡類から読み解いていく方法により解説がされた。歴史学の方法論に関する言及もあり、西洋の歴史学では、長く、人間の行動は合理的であることを前提に研究が進められてきたが、近年、感情というものに目を向けるようになり、そうした感情面についての理解を深めるためには、手紙などの書簡類を研究することが重要とのことである。
 質疑応答では、この延胤・銕弥兄弟のケースは、幕末という時代や、彼らの在所である当時の秋田藩の政治状況、特に秀才の評判が高かった兄と勉強が出来ず武芸を得意とした弟という極端な違いが、この兄弟の関係のありように大きく影響していたのではないかという意見や、長男が全ての権益を相続する構造は近年まで見られる現象であるとの指摘などが出された。参加者には、家族社会学を専門とする方も多く、社会学においても、感情について語りはじめたのはここ20年ほどのことであると、研究分野間の類似性が指摘された。

(記録担当:吉原公美 IGS特任AF)

《開催詳細》
【日時】2015年12月16日(水)14:00~16:00
【会場】お茶の水女子大学本館127号室
【講師】Anne Walthall
(IGS特別招聘教授、カリフォルニア大学アーバイン校名誉教授)
【コーディネーター】石井クンツ昌子
(IGS所長/お茶の水女子大学基幹研究院教授)
【主催】お茶の水女子大学ジェンダー研究所
【参加者数】17名

《 2015/12/24掲載 》


アン・ウォルソール氏

石井クンツ昌子氏

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第6回IGSセミナー/上野千鶴子先生大学院特別講義
ドキュメンタリー映画『何を怖れる?フェミニズムを生きた女たち』上映会


上野千鶴子氏とのトーク風景

 2015年12月4日(金)、IGSセミナー/上野千鶴子先生大学院特別講義「ドキュメンタリー映画『何を怖れる?フェミニズムを生きた女たち』上映会が開催された。本作品は、1970年代、ウーマンリブが産声をあげてから40数年にわたる、日本のフェミニズムの歴史と、現在も続くさまざまな女たちの活動を映像で綴るドキュメンタリー映画である。上映会は、お茶の水女子大学の卒業生や在学生からの、本学での上映会を是非開催したいという要望を受け、ジェンダー研究所の主催により実現した。先に本作を観賞していた者たちには、フェミニズムについての貴重なドキュメンタリーであるこの映像を、本学の学部生、大学院生、教員や地域の方々など、多くの人に観賞していただきたいという強い気持ちがあった。
 当日の会場には100名を超える幅広い世代の参加者が集い、大変熱気に包まれた上映会となった。映画鑑賞後には、映画の出演者のおひとりでもある上野千鶴子さんと会場の参加者とのトーク・セッションを行なった。上野さんの軽妙なトークや映画の撮影秘話に笑いが起こったり、神妙な面持ちになったりと興味深く聴く参加者の姿が印象的であった。参加者からは、様々な質問や感想が挙げられた。映画の中で初めてフェミニストの肉声を聞けて嬉しかったという方から、出演者たちの話に自分のフェミニストとして生きてきた人生を重ね合わせて観られた方まで実にさまざまであった。多くの参加者は、映画に大変勇気づけられた、エンパワーされた、という感想を持っていた。一方で、若い世代の一部からはフェミニズムに対して実感を伴わないが、フェミニズムの運動があったからこそ今の女性の状況を享受できているのだとあらためて気づかされたという意見もみられた。
 参加者はほとんどが女性であったが若干の男性の参加者もいらした。上映会後に提出していただいた感想用紙には、男性参加者はどのような感想を持ったのか聴いてみたかったという意見もあった。今後はより多くの男性にも本作品を観賞していただき、女性たちの置かれた状況やフェミニズムのこれからについて多くの人が発展的に議論する場を設けていくことが重要だと感じた。また、上野さんの「女性は弱者に対する想像力で繋がることができる」、「無位無冠の女の強さ」という言葉に励まされた参加者が多くいた。「ようやく本作品を観ることが出来て感謝している」という意見も複数いただいた。今回、本学で上映会が実現したことは主催者側にとっても大きな財産となった。最後に上映会開催においてご尽力いただいた関係者の皆さまに感謝を申し上げたい。

(記録担当:小川真理子 本学リサーチフェロー)

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【日時】2015年12月4日(金)13:30~16:00
【会場】お茶の水女子大学共通講義等2号館201教室
【講師】上野千鶴子(お茶の水女子大学客員教授、東京大学名誉教授、立命館大学特別招聘教授、認定NPO法人ウィメンズアクションネットワーク(WAN)理事長)
【司会・コーディネーター】小川真理子(お茶の水女子大学基幹研究院リサーチフェロー)
【主催】お茶の水女子大学グローバル女性リーダー育成研究機構・ジェンダー研究所(IGS)
【参加者数】102名

《 2016/3/14掲載 》


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お茶の水女子大学創立140周年記念国際シンポジウム
「ジェンダーで見る新自由主義・政策・労働 社会的再生はいかに行われるのか?」

スーザン・ヒメルヴァイト氏

上野千鶴子氏

定松文氏

足立眞理子氏

伊田久美子氏

猪崎弥生氏

石井クンツ昌子氏






  2015年12月1日(火)にお茶の水女子大学にて、グローバル女性リーダー育成研究機構ジェンダー研究所主催による「ジェンダーで見る新自由主義・政策・労働―社会的再生産はいかにおこなわれるのか?」というテーマで国際シンポジウムが開催された。午後6時過ぎからの開催ではあったが、134名の参加者を迎え、活発な議論が行われた。総合司会は、足立眞理子(本学)がつとめ、本シンポジウムの開催趣旨が説明された。
 最初の登壇者であるスーザン・ヒメルヴァイト氏(英国オープン大学)は「新自由主義化における危機と社会的再生産の規範の変容」という題目で報告した。先進諸国において、社会的再生産に対する国家の関与は、社会的再生産を確実に維持しながら女性の就労を可能にするための様々なケア支援を含んできた。しかし、近年、厚いケア支援によりジェンダー平等に貢献してきた福祉国家でも、福祉プログラムの拡大に制限を加えるようになってきている。社会的再生産費用の多くを民営化する政策は、国家の支援をとりわけ必要とするシングルマザーなどを貧困に陥れる危険を高めてきた。そして、金融危機がさらにこの傾向を推し進め、財政再建のための緊縮策が、社会的再生産における国家の役割をさらに削減した。新自由主義政策では、国家が負担するケアの水準を下げ、ケアを受けられる人を制限し、ケアの責任を家族に負わせることになった。これによって女性のアンペイド労働がさらに増え、女性の雇用機会と収入を削減し、その結果、女性が多く負担するようになったのである。ヒメルヴァイト氏は、新自由主義下の財政再建を名目とする緊縮策の本当の目的は、社会的再生産に関する規範と基準そのものを変容させることにあったのであり、それこそが新自由主義の政治的目的であると指摘した。
 ヒメルヴァイト氏の報告を受けて、次の登壇者である上野千鶴子氏(立命館大学・東京大学)は「新自由主義とジェンダー:日本の経験」という題目で報告した。上野氏は、アベノミクスの新3本の矢のひとつである「安心につながる社会保障(介護離職ゼロ)」について懸念を示した。新自由主義政策が男女平等の推進と雇用の規制緩和を同時に行ってきた理由は、少子化により女性を日本に残された最後の資源とみなし、女性を、子どもを産み育て、介護も担い、さらに賃金労働にもつく、都合のよい働き手とするためであったと分析した。その結果増えたのが非正規雇用であり、女性労働者の6割が非正規労働についている。非正規雇用者の賃金は正規雇用の場合の3分の1にも満たず、労働市場でも一人前には扱われない。こうした状況は正規雇用につける女性とそうでない女性の間にも格差をもたらしている。労働形態による不公平感の解消には(1)労働時間の短縮、(2)年功序列の廃止、(3)同一労働同一賃金の確立が必要だが、政府はこれとは反対の規制緩和をいっそう進めている。最後に上野氏は、人間の生命を育てその死を看取る労働(再生産労働)が、労働の中でも最下位におかれ、その値段が安いのはなぜかという根源的問題はなお解決されていないと提起した。
 上野氏の報告を受けて、最後の登壇者である定松文氏(恵泉女学園大学)は「仕事創出と女性間格差」という題目で報告した。定松氏は国家戦略特区に指定されている神奈川県と大阪府が取り組んでいる、外国人の家事労働者雇用のための法整備をあげて、この特区法が女性を「雇う女性」「雇えない女性」「下支えする外国人女性」の3つに分断することに言及した。また日本の雇用政策の歴史的変遷データを示しながら説明し、日本の労働行政の大きな転換点は1986年の派遣法施行であり、バブル崩壊にはじまった金融危機とデフレの長期化といった低成長期において、雇用の調整弁として派遣労働者が利用されてきたという。そして1996年の労働派遣法の改正を境に、正規雇用と非正規雇用の格差が女性間の格差を生みだし、経済エリート側の女性と搾取される側の女性を分断してきたという。定松は「人材」をキーワードに、人が使い捨ての材料とされ、こうした労働政策が、ジェンダー格差や学歴の格差よりも、女性間格差を広げていると指摘した。
 討論では、斎藤悦子氏(本学)が司会を務めた。討論者の足立眞理子氏(本学)は、ヒメルヴァイト氏の「新自由主義下の緊縮財政政策は規範の変容を正当化するための観念である」という議論を評価し、これが、新自由主義における国家統治の技法であることを指摘した。また、フェミニスト経済学において、ジェンダー平等政策を推進する場合、デフレ―ションや財政緊縮策が、ジェンダー平等に負の効果を与えることについては、一定の合意がなされているが、経済成長そのものの是非については、どう考えているのかについて質問した。上野氏へは日本の近未来予測を問い、日本におけるジェンダー格差の階級化に対する認識の欠如について質問した。定松氏へは、派遣労働に着目した理由、派遣法と雇用機会均等法制定の同時代性、外国人家事労働者に対する市民モニタリングについて質問した。
 次に伊田久美子氏(大阪府立大学)は、新自由主義が女性主体へいかなる影響を及ぼしたかという問いを立て、ヒメルヴァイト氏、上野氏の議論を受け、ネオリベラルな社会変化とジェンダー平等実現の共時性、共犯性を指摘した。さらに定松氏へは、なぜジェンダー間格差ではなく、女女間格差により注目するのかと質問した。
 登壇者からの応答では、ヒメルヴァイト氏は緊縮財政政策が、政策的には一貫性はないが、イデオロギー的にはあることは多くの事例から実証できると述べた。また、経済成長の是非については今後の検討課題とし、加えて新自由主義政策は女性の問題解決を生み出さないことを主張した。
 上野氏は、近未来予測については、現政権は女性の格差拡大を是認していると批判し、どの階層を問わず少子化が進むことを予測した。さらに今後の日本では、階級間格差だけでなく人種、国籍という変数が登場するだろうと指摘した。そして今後、女性が分断され連帯が益々難しくなることに懸念を示した。
 定松氏は、派遣に焦点を当てた理由は、人材派遣会社が蓄積する資本に着目したためであり、均等法との関連は今後の課題であると述べた。そしてジェンダー間格差の大きさには同意するが、今後懸念される女性間の格差拡大についても考察することの重要性を主張した。また最後に外国人労働力の搾取に対する懸念と市民モニタリングの重要性を強調した。
 討論者と登壇者双方の熱意とこの問題解決に対する真摯な姿勢が印象的な会であった。

(記録担当:仙波由加里・臺丸谷美幸 IGS特任RF)

《開催詳細》
【日時】2015年12月1日(火)18:10~21:10
【会場】お茶の水女子大学共通講義等2号館201号室
【開会挨拶】猪崎弥生(お茶の水女子大学副学長)
【報告】
 スーザン・ヒメルヴァイト(英国オープン大学名誉教授)
 「新自由主義化における危機と社会的再生産の規範の変容」
 上野千鶴子(立命館大学特別招聘教授・東京大学名誉教授)
 「新自由主義とジェンダー:日本の経験」
 定松文(恵泉女学園大学教授)
 「仕事創出と女性間格差」
【ディスカッサント】
 足立眞理子(IGS教授)
 伊田久美子(大阪府立大学教授)
【総合司会/コーディネーター】足立眞理子(IGS教授)
【討論司会】斎藤悦子(IGS研究員・お茶の水女子大学准教授)
【閉会の辞】石井クンツ昌子(IGS所長)
【主催】お茶の水女子大学ジェンダー研究所
【共催】お茶の水女子大学グローバルリーダーシップ研究所
【後援】大阪府立大学女性学研究センター
【参加者数】134名

《 2016/1/5掲載 》


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第3回IGSセミナー:キャサリン・ミルズ先生を迎えて
Choice and Consent in Prenatal Testing(出生前検査における選択と同意)

  2015年11月18日(水)にお茶の水女子大学にて、ジェンダー研究所主催のIGSセミナー「Choice and Consent in Prenatal Testing(出生前検査における選択と同意)」が開催された。本セミナーはすべて英語で行われ、その主要なテーマは、妊娠している女性が出生前検査を受検するか否かの選択や、検査で胎児に障がいのある可能性が提示された場合、女性たちの産む・産まない選択は本当に自律的決定であるかという問題であった。セミナーではモナシュ大学のキャサリン・ミルズ氏と明治学院大学の柘植あづみ氏が、それぞれオーストラリアと日本の出生前検査の現状を踏まえ、検査に関する問題を提起し、その後、お茶の水女子大学のマルセロ・デ・アウカンタラ氏が2人の報告を踏まえて法学研究者の立場からコメントした。参加者は9名であったが、深いディスカッションができた。
 第一スピーカーのキャサリン・ミルズ氏は、バイオエシックスやフェミニズムの視点から妊婦の出生前検査に関する女性たちの自己決定に言及した。オーストラリアの特に超音波検査実施の現状を例にあげ、標準化(Normalizing)、選択装置(Apparatus of Choice)をキーワードに話をすすめた。人が何かを選択するとき、文化や社会環境に大きく影響を受けるが、出生前検査に関しては、障がいに対する差別や偏見と結びついている。超音波検査は妊婦や胎児にとって非侵襲的であるため、これが出生前検査であることを自覚しないまま妊婦たちが受検している点も問題として提示した。最近、オーストラリアでもNIPT(Non-invasive Prenatal Testing―新型出生前検査)が導入され、これも妊婦の血液の採取だけで検査が可能で非侵襲的なために、検査が普及しつつある。しかし少なくとも、NIPTでは実施前にインフォームドコンセントやカウンセリングがあるが、超音波検査にはこれらがない。ミルズ氏はフーコーの著作をあげ、18世紀以降のバイオポリティクスの本質や、とくに規律権力(disciplinary power)に言及した。生権力の基本的な考え方は、個人や全体の健康やウェルビーイングを維持・促進することに関心をむけた生殖の権力(reproductive power)や生殖行動の社会化であり、ある状態を病理化することと関連する。ミルズ氏は超音波検査が標準化のための医療技術であり、これで障がいの可能性がわかった場合、妊婦に一定の選択をさせるための装置(apparatus of choice)が作動しているという。つまり妊婦の障がいに対する思いが、妊婦の選択や自律というような道徳的原則、もしくは倫理原則と妊婦を密接に結びつけ、障がい児排除の方向へとむかわせているというのだ。
 この議論を受けて、次に明治学院大学の柘植あづみ氏が日本の状況について説明した。日本では超音波検査以外の出生前検査(羊水穿刺等)の実施件数は他の先進国に比較すると非常に低い。日本の出生前検査の第一人者、佐藤のデータによればアメリカでは母体血清マーカー検査は日本の167倍、ドイツでも羊水穿刺が日本の10倍も実施されている。1999年の調査では、日本の妊婦全体の3パーセントしか母体血清マーカーによる出生前検査を受けていないと報告されたが、旧厚生省と産婦人科医は1999年、妊婦に積極的に母体血清マーカーという出生前検査のことを知らせなくてもいいという声明をだした。これは国や産科医たちが障がいのある胎児の中絶が増加することを懸念したからである。日本ではNIPTが2013年から導入されたが、35歳以上の妊婦しかこれを利用できない。導入前には、妊産婦の年齢が高くなっている日本で、この検査は優生思想による安易な中絶に結びつくとその賛否が議論された。日本では現在年間約20万件弱の中絶が実施されているが、出生前検査の結果の中絶はわずかにすぎない。おそらく1~2%ほどではないか。2013年にNIPTが導入されてから、検査の実施件数は7700件であり、そのうちの0.6%しかNIPTで陽性反応がでていない。にもかかわらず、この検査で中絶があたかも増えるという考え方がでてくることに対し、柘植は疑問を呈した。その後、柘植氏は日本の出生前検査が優生思想と深く結びつき、堕胎の罪で中絶が刑法で禁止されているのに、優生保護法や母体保護法と関連を持って、すすめられてきた経緯を紹介した。
 これら二人の報告を受けて、マルセロ・デ・アウカンタラ氏が法の専門家としてコメントをした。アウカンタラ氏は出生前検査に関連する過去にあった2つの事例をあげて、いずれ医師がWrongful Life訴訟(生まれないほうがよかったと提訴)を避けるために、出生前検査を提示するようになる可能性があるという。最初の事例は1997年に京都で39歳でダウン症の子どもを出生した女性とその夫が起こした裁判である。女性は年齢的な不安から妊娠20週目に医師に羊水検査を希望する旨を伝えたが、医師は中絶ができなくなる妊娠22週目以降にしか結果がでないため、羊水検査は無意味だと検査の提供を拒否した。裁判では、この医師の主張が認められ、女性と夫は敗訴した。もう一例は2011年に欧州人権裁判所でおこった裁判で、ターナー症候群の子どもを出産したポーランド人の女性が、医師が中絶可能な期間に検査について情報提供を怠ったために、障がいのある子どもを産んで個人と家族の生活権が侵されたと訴えた。女性はポーランドの裁判所にも訴え、最終的に欧州人権裁判所に持ち込まれ、この裁判では女性が勝訴したという事例をあげた。  出産・育児は個人的なことだが、それが優生思想等と結びつき、女性の選択や決定が操作されている点が明らかになった。

(記録担当:仙波由加里 IGS特任リサーチフェロー)

《開催詳細》
【日時】2015年11月18日(水)18:15~20:45
【会場】お茶の水女子大学人間文化創成科学研究科棟408号室
【スピーカー】
 キャサリン・ミルズ(モナシュ大学准教授・オーストラリア)
 柘植あづみ(明治学院大学教授)
【コメンテーター】
 マルセロ・デ・アウカンタラ(お茶の水女子大学准教授)
【コーディネーター/総合司会】
 仙波由加里(お茶の水女子大学ジェンダー研究所 
 特任リサーチフェロー)
【主催】お茶の水女子大学ジェンダー研究所
【参加者数】9名

《 2015/12/15掲載 》


キャサリン・ミルズ氏

柘植あづみ氏

マルセロ・デ・アウカンタラ氏

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お茶の水女子大学創立140周年記念シンポジウム
はたして日本研究にとってジェンダー概念は有効なのか?:人類学の視座から改めて問う

  2015年11月14日、お茶の水女子大学設立140周年記念国際シンポジウム「はたして日本研究にとってジェンダー概念は有効なのか――人類学の視座から改めて問う」が開催された。シンポジウムでは、棚橋訓氏(お茶の水女子大学)が司会を務め、マリー・ピコーネ氏(お茶の水女子大学・フランス社会科学高等研究所)、松岡悦子氏(奈良女子大学)、加藤恵津子氏(国際基督教大学)が発表した。その後、ディスカッサントの新ケ江章友氏(大阪市立大学)、熊田陽子氏(日本学術振興会)による問題提起と発表者による応答、さらに60名を超える一般参加者を交えた全体討論が行われた。
 ピコーネ氏からは、「胎児の死と中絶をめぐるジェンダー化の諸相:ヨーロッパの実践的変容と日本の水子供養の対比的考察から」と題し、日本の水子供養とヨーロッパにおける胎児の死にまつわる認識や儀礼行為との比較とそれぞれの通時的変化に関する考察が提示された。発表の目的は、ジェンダー概念と深く関わる再生産領域の「伝統の創造」を検証することである。ピコーネ氏は、水子供養を1950-1995の第一期と、1995-現在の第二期に区分し、第一期の水子供養は仏教団体を中心に行われ、動機の中心には祟りや恨み、罪の意識といった否定的感情と家族への厄災への恐怖があったと分析した。他方、第二期の水子供養については、より多様なアクターが関わる、女性が自らの悲しみを吐露することやそこから得られる癒しが重視される行為になった、と分析した。またフランスでは、従来は歴史的に堕胎や流産を女性の罪とみなすカトリック教会の見解が中心であったが、近年では医療従事者による世俗的なグリーフケアが重視され、悲しみを受けとめることに肯定的な意味付けがされるという変化がみられるという。ピコーネ氏は、日本とフランス、双方の事例において、胎児を失った女性たちへのケアという発想が僧侶や医師の認識を変化させ、また時系列的には、女性の心理的負担を軽減する方向に向かっていると指摘した。
 松岡氏は「ジェンダーなのか文化なのか――文化人類学にとっての難問」と題した発表で、文化人類学とジェンダー概念のそれぞれにおいて問題化される権力関係を整理した上で、インドネシア、バングラデシュ、韓国、台湾、日本におけるリプロダクションの事例考察から、ジェンダー概念の有効性を検討した。問われたのは、文化人類学が拠って立つ文化相対主義とジェンダー概念に内包される社会変革への希求との関係性と、文化人類学におけるジェンダー概念の意義である。松岡氏はまずジェンダー概念が西欧起源の思考様式であること、目を向けるべき格差の要因はジェンダーに限られないこと、ジェンダーがスペクトラムであるという3つの問題を提示しつつも、文化人類学とジェンダーのアプローチには、現場の視点(女性の視点)や文脈を重視することに共通点があると指摘した。そして、女性の身体をアリーナにしつつ医療・政策・資本主義・家父長制が重なる事象として、非西欧世界のリプロダクションを事例に挙げ、ジェンダー概念が弱者にとってのエンパワメントや、抑圧的な文脈を理解するための手段になりうること、グローバル化の中で様々な問題をめぐり共通のルールが求められる現在において、その重要性が一層高まるであろうことを指摘した。
 加藤氏は「〈男〉〈女〉〈その他:___〉:ポストコロニアルな日本をジェンダー・カテゴリー化する」という発表で、現時点においてジェンダーが、階層的関係を内包した非平等な事象であるが故に、現代日本の文化人類学的研究ではジェンダー概念が有効であると主張した。加藤氏によれば、女性をめぐる過度なセクシュアリティの重視は、西欧世界から見た日本をめぐるセクシュアリティの重視と同じ構造を持つ。すなわち、男性ではない女性、もしくは西欧ではない日本という、否定形によって階層の下位に配置されるものにセクシュアリティの強調がみられるのである。また、同じ構図において、女性に並び男性でないもの、つまり性別でいうところの〈その他〉 である性的マイノリティもまた、男性を基点とした「~でないもの」として下位に位置づけられている。加藤氏はここに、コロニアルな征服者の眼差しと、否定によって相手の優位に立つ〈男〉の眼差しが交差する、と指摘する。加藤氏は、こうした階層的非対称性を明らかにし、そうした階層性に敏感であることを促すものであるが故に、日本をフィールドとする文化人類学者にとってジェンダー概念は有効であり、必要であるとする。
 これらの発表に対し、新ケ江氏は、ジェンダー研究に、ジェンダーという事象を対象にした研究とジェンダーを分析概念として用いる研究の二つがあると指摘し、対象としてジェンダーを描くことに不可避に持ち込まれる権力の再生産と当事者性の問題があるとした。また同じくディスカッサントの熊田氏からは、ジェンダーが持つ階層性を逆に資源として生きる女性の捉え方や、否定形による属性の定義とセクシュアリティや性の間の関連性が非西欧世界で持つ汎用性について疑問が呈された。
 休憩をはさんで行われた全体討論では、当初の時間を30分延長し活発な議論が行われた。フロアからは、ジェンダー概念の核心をつく鋭い指摘もあった。とりわけ、ジェンダー概念とジェンダー公正との関わりにおける柔軟性こそ、ジェンダー概念が優れた学術概念たりえる、との指摘に応える形で、文化人類学におけるジェンダーに関わる現状と可能性が改めて整理された。それにより、ジェンダーが規範的と分析的という二つの側面を併せ持つ概念であること、現在の日本の学界状況においては、セクシュアリティを対象にした研究がジェンダー研究に埋もれた状況にあり、今後セクシャリティ研究のさらなる発展が必要であること、現在の日本社会が経験するめまぐるしい変化を捉える上でジェンダーが有効な切り口の一つであろうこと、の3点が確認された。

(記録担当:鳥山純子 日本学術振興会特別研究員PD)

《開催詳細》
【日時】2015年11月14日(土)13:30~16:00
【会場】お茶の水女子大学 共通講義棟2号館102号室
【報告者】
 マリー・ピコーネ
 (IGS特別招聘教授/フランス社会科学高等研究院)
 松岡 悦子(奈良女子大学)
 加藤 恵津子(国際基督教大学)
【ディスカッサント】
 新ヶ江 章友(大阪市立大学)
 熊田 陽子(日本学術振興会特別研究員SPD)
【コーディネーター】
 棚橋 訓(お茶の水女子大学)
【開会の辞】
 猪崎弥生(お茶の水女子大学副学長/グローバル女性リーダー育成研究機構長)
【閉会の辞】足立眞理子(IGS教授)
【主催】お茶の水女子大学ジェンダー研究所
【共催】お茶の水女子大学グローバルリーダーシップ研究所
【参加者数】63名

《 2015/12/15掲載 》


棚橋 訓氏

マリー・ピコーネ氏

松岡悦子氏

加藤恵津子氏

新ヶ江 章友氏

熊田陽子氏

猪崎弥生氏

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お茶の水女子大学創立140周年記念国際シンポジウム
「女性のリーダーシップと政治参画~グローバルな視点から」

  2015年10月12日にお茶の水女子大学にて、グローバル女性リーダー育成研究機構・IGS主催の国際シンポジウム「女性のリーダーシップと政治参画~グローバルな視点から~」が開催された。
 本シンポジウムは、本学創立140周年記念国際シンポジウムの一つであり、国内外から著名な研究者を迎え、グローバルな視点に立って女性のリーダーシップと政治的エンパワーメントについて考察を行ったものである。開会時には、本学の室伏きみ子学長、世界政治学会理事長の田中愛治教授、「政治分野における女性の参画と活躍を推進する議員連盟」(通称「クオータ議連」)会長の中川正春衆議院議員からそれぞれ開会の挨拶があった。
 第一部「世界におけるクオータの潮流」では、小林氏(本学)の司会のもと、クルック氏(アメリカ)、スティール氏(東京大学)、黄氏(台湾)の3名が登壇し、三浦氏(上智大学)から各報告者へのコメントと質問があった。クルック氏は、国会議員に占める女性割合(世界平均)がこの20年間で約2倍になったこと、その原動力の一つがジェンダー・クオータの導入であり、現在、世界130以上もの国や地域で実施されていることを紹介した。各国のクオータ制に関する実証研究から、クオータ制反対派の「神話」を批判的に検証し、クオータ制が女性の政治的過少代表性の改善だけでなく、民主主義そのものの発展に寄与していることを主張した。スティール氏は「どちらの集団も支配しない」という「共同権限」の観点から自由概念を再検討し、民主的な非支配/共同権限を完全な平等(50/50)と固定せず、どちらかの集団が40-60%を占めるという段階的な基準を設けることを提唱した。黄氏は、台湾のジェンダー・クオータ(議席割り当て制)について、クオータで選出された女性議員のキャリアパスや政策審議や政策発案などの業務能力、特定の政策に対する態度などについて男女別、政党別の比較・検討を行なった。三浦氏は、女性の政治参画に関する日本の状況を「まさに『ビリギャル』である」と称した上で、各報告者に学術的な知見からの具体的なアドバイスを求めつつ、「日本がクオータ制導入の例外になるはずがない」と力強く述べた。
 第二部「政治リーダーシップと女性閣僚」では、足立氏(本学)の司会のもと、フランセスカ氏(カナダ)、アネスリー氏(イギリス)、李氏(韓国)の3名が登壇し、大山氏(駒澤大学)が各報告者へのコメントと質問を行った。フランセスカ氏は、ジェンダー平等は、数字目標の達成だけでは達成されず、女性がより権力のあるポジション(例えば、財務大臣)に就くことが重要であると指摘した。アネスリー氏は、内閣におけるジェンダーバランスの向上において、ブラックボックスとなっている現行の内閣人事の非公式ルールが女性にとって不利に作用していることを指摘し、より透明な選考過程を導入し、新しい閣僚人事の公式ルールを適用することによって、女性閣僚数が増える見込みは大きいと述べた。李氏は、韓国初の女性大統領、パク・クネの政治的代表性(特に、象徴的代表性)を取り上げ、有権者がパク大統領を政治リーダーとして、そして「女性」としてどのように捉えているのかを分析した。大山氏は、日本の歴代および現在の女性閣僚と日本の内閣の特徴を紹介した上で、政党が女性の政治参画を進める努力を長年怠ってきたことを指摘し、政党の民主化や、閣僚人事の解明の重要性、反対勢力への対応などについて質問とコメントを述べた。
 総合司会の申氏(本学)は、パネル・ディスカッションのまとめとして、パリテ(男女50%ずつ)が現在のグローバル・スタンダードであること、ジェンダー・クオータが女性だけでなく、男性や社会全体にとって良いことであり、全員が当事者であることを指摘し、今後もジェンダー平等や女性リーダー育成の研究と実践を積み重ねていくことを会場全員と確認した。
 閉会には、本学の猪崎副学長と、「クオータ議連」事務局長のこうだ邦子参議院議員からそれぞれ挨拶があり、盛会のうちに本シンポジウムは閉幕した。

(記録担当:大木直子 グローバルリーダーシップ研究所特任講師)

→Report in English by Jiso Yoon

《開催詳細》
【日時】2015年10月12日(月・祝)13:00~18:00
【会場】お茶の水女子大学 共通講義棟2号館102号室
【挨拶】
・室伏きみ子(お茶の水女子大学長)
・中川正春(衆議院議員、政治分野における女性の参画と活躍を推進する議員連盟会長)
・田中愛治(早稲田大学政治経済学術院教授、世界政治学会理事長)
【総合司会】
・申琪榮(IGS准教授)
【司会】
・足立眞理子(IGS教授)
・小林誠(お茶の水女子大学教授)
【パネリスト】
モナ・リナ・クルック(ラトガース大学准教授・アメリカ)
「政治分野におけるジェンダー・クオータの現実と神話」
スティール・若希(東京大学准教授)
「世界における女性の政治的エンパワーメントの支援措置と戦略」
黄長玲(国立台湾大学副教授・台湾)
「クオータ制で当選した台湾の女性議員の実績」
スーザン・フランセスカ(カルガリー大学教授・カナダ)
「女性が代表するものは何か:ジェンダーと閣僚任命」
クレア・アネスリー(サセックス大学教授・イギリス)
「女性閣僚を増やす方法とその重要性」
李珍玉(西江大学社会科学研究所シニアリサーチフェロー・韓国)
「韓国初の女性大統領の象徴的代表性」
【ディスカッサント】
・三浦まり(上智大学教授)
・大山礼子(駒澤大学教授)
【閉会の辞】
・猪崎弥生(お茶の水女子大学グローバル女性リーダー育成研究機構長、副学長)

【主催】お茶の水女子大学ジェンダー研究所
【共催】お茶の水女子大学グローバルリーダーシップ研究所
【参加者数】146名

《 2015/12/21掲載 》


申 琪榮氏

モナ・クルック氏

スティール・若希氏

黄 長玲氏

小林 誠氏

スーザン・フランセスカ氏

クレア・アネスリー氏

李 珍玉氏

足立眞理子氏

三浦まり氏

大山礼子氏

  
   室伏きみ子          中川正春          田中愛治

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2015年度第2回IGSセミナー/第6回「政党行動と政治制度」セミナー Reserved for Whom? : The Electoral Impact of Gender Quotas in Taiwan 誰のための議席割り当てなのか?:台湾の選挙におけるジェンダー・クオータの役割

  2015年7月31日に、2015年度第2回IGSセミナー/第6回「政党行動と政治制度」研究会が開催された。黄長玲氏による「誰のための議席割り当てなのか?――台湾の選挙におけるジェンダー・クオータの役割」と題する報告が行われた。司会は申琪榮氏が務めた。
 黄氏からは台湾の地方選挙で採用されているクオータ制度の一つである、議席割り当て制度(Reserved Seats)に関する報告がなされた。議論の中心は、議席割り当て制度の詳細と、議席を獲得した女性たちの政治家としての資質に関するものであった。例えばフランスで導入しているパリテは、候補者名簿を男女同数にする制度であるため、パリテの効果で当選した女性がどの男性候補者を代替したのかがわからない。そのため、当選した女性議員とそのため落選した男性議員を直接比較検討することは不可能である。しかし、台湾の地方選挙制度の場合はSNTV-MMD制度(単記非移譲式大選挙区制度)を採用しており、当選者は4名毎に女性となるため、4人目の女性の代わりに落選した男性が存在する。つまり、当選/落選した男性と女性の間で比較検討が可能となるのである。黄氏によれば、直近3回の地方選挙での結果をみると議席割り当てによって選ばれた女性は、落選した男性よりも同等か、それ以上により良い政治家としての資質を持つことが判明した。さらに黄氏は、議席割り当てやクオータ制度による議席の増加は女性の政治参画を促すだけでなく、全体的な政治的競争を高める効果があり、これはクオータ制度に異議を唱える勢力に対しても説得力があると述べた。
 討論では、スティール・若希氏と三浦まり氏から、それぞれ黄氏の報告に対する応答がなされた。スティール氏からは、台湾においてSNTV制度が採用された理由とその歴史的背景、無所属の候補者や小規模政党所属の候補者へ台湾の議席割り当て制度が与えるインパクトについてなどについて質問がなされた。三浦氏からは、黄氏が議席を獲得した女性の政治家としての資質を図る際の指標として「教育、社会参画、政治的経験」の三つの要素を挙げた点をさらに掘り下げる質問が出た。三浦氏はまた台湾におけるこのクオータ制度を「議席割り当て」(“Reserved Seats”)と翻訳することの妥当性についての議論を提示した。フロアからの質疑応答では、クオータ/非クオータでの政治家としての資質の差異についてや、クオータ制度による議席獲得者の当選以後の扱いは非クオータ選出者と同等であるのか否か、クオータ制度による議席獲得者の要職への着任状況などについて、様々な質問が出された。会場は熱気に包まれ、さながら大学のゼミのような自由な雰囲気の中で多くの議論が交わされた。

(記録担当:臺丸谷美幸 IGS特任リサーチフェロー)

《開催詳細》
【日時】2015年7月31日(木)15:00~17:00
【会場】お茶の水女子大学 人間文化棟6階大会議室
【講師】黄長玲(国立台湾大学政治学部副教授)
【司会】申琪榮(IGS准教授)
【討論】スティール・若希(東京大学社会科学研究所准教授)、三浦まり(上智大学法学部教授)
【主催】「政治代表におけるジェンダーと多様性」研究会(GDRep)、お茶の水女子大学ジェンダー研究所、科学研究費助成事業基盤研究(C)「女性の政治参画:制度的・社会的要因のサーベイ分析」(研究代表:三浦まり、課題番号15K03287)
【参加者数】13名

《 2015/10/22掲載 》


黄 長玲氏


三浦まり氏

スティール・若希氏、申 琪榮氏


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<女性の政治参画を考える院内集会>「台湾はなぜアジアで2番目に女性議員が多いのか?~議席割り当てと候補者クオータ」

 2015年7月30日に参議院議員会館特別会議室において、<女性の政治参画を考える院内集会>「台湾はなぜアジアで2番目に女性議員が多いのか?~議席割り当てと候補者クオータ」が開催された。司会は三浦まり氏が務め、基調講演に黄長玲氏を迎えた。
 今日、台湾の国会に当たる立法院での女性議員の割合は33.6%を占める。黄氏は東アジアの中でも、台湾における女性の国会議員の割合が突出している背景には、ジェンダー・クオータ制度の導入があると指摘した。現在、本制度は台湾の二大政党における党則となっており、最たる特徴として憲法がこれを規定しているという点が挙げられる。本制度が本格的に導入されたのは、1992年の民主制選挙の開始以降である。そして2005年の憲法改正以降、国政選挙では小選挙区制と比例代表制の並列制度が採用されている。この2005年の憲法改正により、全体の議席は225議席から113議席に減らされた。その内訳は小選挙区が73議席、比例代表が34議席、先住民用議席が6議席となった。そして、そのうち比例代表の50%は女性の議席として割り当てられているのである。また、地方選挙では「4分の1クオータ制度」が採用されている。これはある党の獲得議席が4議席以上の場合、最低1議席は女性でなければならないというものである。また、政府の委員会では「性別中立クオータ制度」が採用されている。これは男女を問わず議席数の少ない性別へこれを適応するシステムである。最後に、黄氏は今日話題となっている台湾の総統選における女性候補者の選出に触れ、もはや台湾においては女性が重要な政治的ポストに就くことは当然であると結んだ。
 講演終了後、申氏からのコメントがなされた。申氏は日本の現状から、台湾から学ぶべき重要な点について指摘した。台湾におけるクオータ制度導入の際、いかなる過程があったのかを知ること、日本においてクオータ制度を導入するための政治的「チャンスの窓口」を掴むこと、そして、その際の女性運動の担う役割や、野党の重要性、さらに制度構築から政治文化を変革していくことの可能性について言及した。
次にフロアとの質疑応答では、国政と地方レベルでのクオータ制度導入の違いや、先住民クオータ議席制度に対しての質問が出された。また議員連盟を代表し、中川正春氏(現衆議院議員)は、日本の国会におけるジェンダー・クオータ制度の推進にこれからも尽力したいと述べた。黄氏は、とかく世間においては女性議員を輩出することの「メリット」が問われがちだが、「男性議員のメリットはなにか」と反問し、クオータ制度は「メリット」のためでなく、ジェンダー平等の実現であるのだと締めくくった。
 始終、黄氏の力強く熱意のある語りが印象的であり、登壇者だけでなく聴者からも活発な議論が飛び交う有意義な会であった。

(記録担当:臺丸谷美幸 IGS特任リサーチフェロー)

《開催詳細》
【日時】2015年7月30日(木)15:00~17:00
【会場】参議院会館 特別会議室
【基調講演】黄長玲(国立台湾大学政治学部副教授)
【司会】三浦まり(上智大学法学部教授)
【討論】申琪榮(IGS准教授)
【主催】お茶の水女子大学ジェンダー研究所、「政治代表におけるジェンダーと多様性」研究会(GDRep)、科学研究費助成事業基盤研究(C)「女性の政治参画:制度的・社会的要因のサーベイ分析」(研究代表三浦まり、課題番号15K03287)
【後援】政治分野における女性の参画と活躍を推進する議員連盟
【参加者数】59名

《 2015/10/22掲載 》



黄 長玲氏


申 琪榮氏


三浦まり氏

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アリア・アサリ公開講義「Women in Palestine」

 6月26日に、パレスチナのアン=ナジャーフ大学教育科学教員養成学部長である、アリア・アサリ先生をお迎えしての公開講義「Women in Palestine」が実施されました。
 講義では、古い伝統を守りつつも、近代化という変化が進んでいるパレスチナ社会での、女性の社会的役割や、経済状態、政治参加、就労、教育などについての詳しい説明がありました。女性の権利への認識は向上して教育レベルも上がり、大学生の54%を女子学生が占めるまでになっているが、結婚後は家庭に入るなど、家父長制を基本とする習慣の継続傾向は強く、女性が経済や政治活動で前面に出てくるようになるまでには、さらなる変化が必要とのことです。
 講義に続いての質疑応答では、そうした伝統を重んじる社会で、学内唯一の女性の学部長を勤め、妻そして母としての家庭内での役割を果たしながら、フェミニストであり、女性運動のリーダーでもあるという、アサリ先生ご自身の状況についてのお話を伺うことも出来ました。また、現在のパレスチナの政治状況や人々の生活、文化やアイデンティティについても、日本との比較を交えながらお話いただき、日本のニュース番組などでは、ただ紛争地域として紹介されてしまいがちな、パレスチナとその地域の人々を、より身近に知る機会となりました。
 会場が満席になるほどの人数にお集まりいただきましたが、イスラム過激派の台頭など現在進行中の難しい問題についても、言葉を選びつつはっきりとご自身の意見を述べるアサリ先生の姿勢から、参加者の皆さんが学ぶことも多くあったのではないかと思っています。

(記録担当:吉原公美 IGSアカデミック・アシスタント)

[講義内容関連サイト]
UN WOMEN, Palestine, Facts and Figures: Leadership and Political Participation
World Culture Encyclopedia, Palestine, West Bank, and Gaza Strip
The World Bank, West Bank and Gaza, Early Childhood Development in West Bank and Gaza

《開催詳細》
【日時】2015年6月26日(金)18:20~19:50
【会場】お茶の水女子大学本館1 階125教室
【講師】アリア・アサリ(アン=ナジャーフ大学教育科学教員養成学部長)
【共催】大学院「ジェンダー理論文化学」(担当:小玉亮子)、社会理論研究会2015、 お茶の水女子大学ジェンダー研究所
【参加者数】49名

《 2015/9/24掲載 》


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申琪榮先生講演会「女性の政治参画を考える」

日時:6月6日(土)午前10時30分~12時
会場:会場:練馬区男女共同参画センターえーる 2階会議室

申琪榮先生の講演会「女性の政治参画を考える:クオータ制を実施した東アジアと日本を比較する」が、練馬区男女共同参画センターえーるのフェスティバル内で開かれます。「クオータ制を推進する会」(Qの会)刊行物に掲載された申先生の論文を読まれた企画者の方から、大変熱心なお誘いをいただいて実現した講演会です。6/6(土)~7(日)の二日間に渡るフェスティバルは、その他の講演会やワークショップなどの催しが盛りだくさんです。地方自治体を足場とする男女共同参画センターの活動に触れる良い機会にもなるかと思いますので、是非足をお運びください。


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2015男女共同参画センターえーるフェスティバル
日時:6月6日(土)午前10時~午後5時
   6月7日(日)午前10時~午後4時
会場:練馬区男女共同参画センターえーる

《 2015/5/28掲載 》


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ハーディング講演会の動画

 2014年12月17日に開催されたサンドラ・ハーディング先生の講演会「ミスター・ノーウェアのあとに:フェミニストの客観性、そして科学的主体とは何か 」の動画を以下からご覧いただけます。

 

 

《 2015/5/26掲載 》


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AIT院生来日

 本学とアジア工科大学院大学(AIT)との研究交流プログラムに参加するAITの大学院生4名が来日されました。5/11(月)~18(月)までの滞在期間に、本学のグローバル協力センターとグローバルリーダーシップ研究所をはじめ、アジア女性資料センター、男女共同参画センター横浜フォーラム等を訪問し、日本のジェンダー状況を多方面から観察調査するほか、大学院のフィールドワーク方法論授業内で研究発表を行い、本学院生との研究交流を深める予定です。研究テーマも国籍も多様なAIT院生の方々との交流は、本学院生にとってもグローバルなジェンダー研究とはどういうものかについて考える機会にもなることでしょう。

 

 写真はIGS訪問時のものです。左からRAJAN PARAJULIさん(ネパール)、DESIREE MICHELLE BARCELON SOREDAさん(フィリピン)、申琪榮先生(IGS准教授/プログラム担当教員)、張瑋容さん(本学博士後期課程院生/プログラムコーディネーター)、LE NGUYEN LAN CHI さん(ベトナム)、YIN YIN MINさん(ミャンマー)

《 2015/5/14掲載 》


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『「性/別」攪乱』書評掲載

 河口和也氏(広島修道大学)によるジョセフィン・ホー(何春蕤)著『「性/別」攪乱:台湾における性政治』の書評が、『女性学』(日本女性学会学会誌)の最新号(2015年3月発行Vol.22)に掲載されています。『「性/別」攪乱』は、2003年5~7月のジェンダー研究センター夜間セミナーの内容を基に、新たな書き下ろし論文も含めて2013年12月に刊行された書籍です。書評をお読みになりたい方はジェンダー研究所へお立ち寄り下さい。

《 2015/5/7掲載 》


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埼玉新聞に大木さんがインタビュー取材を受けた記事掲載

 2015年3月29日の埼玉新聞一面に、大木直子さん(2014年度IGS研究協力員)へのインタビューを含む、統一地方選挙関連の記事が掲載されました。インタビュー中、大木さんは、女性の政治参画の障害のひとつに現行の選挙制度の問題があることを指摘し、クオーター制導入検討も含む議論が必要と述べています。記事全文をお読みになりたい方は、ジェンダー研究所前の掲示板へ。

《 2015/4/16掲載 》


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ジェンダー研究所開設のお知らせ

 日頃から、お茶の水女子大学ジェンダー研究センター事業に、ご支援・ご協力いただきありがとうございました。

 2015(平成27)年4月1日、ジェンダー研究センターは「ジェンダー研究所」に改組され、新しいスタートを切ります。
 今後とも、皆様方の温かいご支援・ご協力をお願い申し上げます。

 ジェンダー研究所は人間文化創成科学研究所401号室です。本学へお立ち寄りの際は、是非、新しいジェンダー研究所へも足をお運びください。

 なお、新研究所ウェブサイト準備中のため、しばらくの間、本ウェブサイトからの情報発信を継続致します。

《 2015/4/6掲載 》






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お茶の水女子大学ジェンダー研究センター
〒112-8610 東京都文京区大塚2-1-1 Tel. 03-5978-5846 Fax. 03-5978-5845