ジェンダー研究の国際的拠点 - お茶の水女子大学 ジェンダー研究センター
 

ラセル・S・パレーニャス

米国カリフォルニア大学デイヴィス校アジア系アメリカ文化学科准教授
赴任期間:2005年6月-2005年8 月

第18回IGS夜間セミナー

女、移動、そして再生産労働の政治
Women, Migration, and the Politics of Reproductive Labor

期間

2005年6月13日、27日、7月4日、11日、19日

担当

ラセル・S・パレーニャス教授 Prof. Rhacel Salazar Parrenas
お茶の水女子大学ジェンダー研究センター外国人客員教授
米国カリフォルニア大学デイヴィス校アジア系アメリカ文化学科准教授

内容

お茶の水女子大学ジェンダー研究センター(IGS)は、2005年4月から2005年11月まで、米国・カリフォルニア大学デイヴィス校准教授のラセル・サラサール・パレーニャス氏を客員教授としてお迎えすることになりました。パレーニャス教授は社会学を専門とし、研究関心は国際移動とトランスナショナリズム、家族、ジェンダー、労働過程、グローバル化と多岐にわたっています。代表作、Servants of Globalization: Women, Migration, and Domestic Work, Stanford University Press, 2001では、ローマとロサンジェルスで家事労働に従事するフィリピン人女性の語りを丹念に集め、トランスナショナルな社会空間を生きる彼女たちの生活と労働の実態を明らかにされました。 今回、パレーニャス教授は「女、移動、そして再生産労働の政治」というテーマのもとに、5回連続の夜間セミナーを担当なさいます。このセミナーでは、女性の移動と再生産労働の政治に焦点を当てて講義なさる予定です。グローバリゼーションのなかで増大するケア労働者の移動や、グローバル経済のもとで進む、より金持ちの女性からより貧しい女性への再生産労働の移転といった問題に注目します。そのうえで、再生産労働のトランスナショナルな商品化が、女性の地位やフェミニズムの視点から見た女どうしの関係にどのような意味をもたらすのかという問題を取り上げます。こうした再生産労働の諸問題に関して、人種、階級、そしてジェンダーの視点から検討し、そのことによって女たちのあいだに見られる利害の違いについて講義を進める予定です。大学内外に開かれたセミナーですので、皆様ふるってご参加ください。

  • 第18回夜間セミナー実行委員会 伊藤るり、石塚道子、稲葉奈々子、小ヶ谷千穂、ブレンダ・テネグラ
  • 事務局:林奈津子、原田雅史、宮崎聖子
  • 日 時 テーマ コメンテーター 司会
    I. 6月13日〈月〉 再生産労働の国際分業の再検討 大石奈々
    (国際基督教大学)
    伊藤るり
    (本学)
    II. 6月27日〈月〉 トランスナショナルな親密圏 イシカワ・エウニセ・アケミ
    (静岡文化芸術大学)
    伊藤るり
    III. 7月 4日〈月〉 人種と階級の地理学 石塚道子
    (本学)
    小ヶ谷千穂
    (横浜国立大学)
    IV. 7月11日〈月〉 女、家族、ネーションの再生産 鄭暎惠
    (大妻女子大学)
    伊藤るり
    V. 7月19日〈火〉 人身売買とアメリカのグローバル・ヘゲモニー 稲葉奈々子
    (茨城大学)
    伊藤るり

    セミナーを始めるにあたって
    ラセル・S・パレーニャス (伊藤るり、小ヶ谷千穂訳)

    今日、女性の賃労働拡大にもかかわらず、再生産労働は世界のいたるところで女性の労働であり続けている。どうして、またどのようにして、そうなるのだろうか。セミナーではこの点をまず初めに検討する。第二に、再生産労働を女どうしで転嫁していくことがどのように女たちのあいだ、たとえば移住女性労働者とその親族女性のあいだに緊張を生み出していくかを説明する。また、トランスナショナルな家族をもつ女たちのあいだに、フェミニズムの視点に立った連帯を形成することがいかに困難なことなのかを述べていく。第三に強調したいのは、フィリピン人家事労働者を悩ませる階級と人種による不平等が、世帯内労働の負担を分かち合う女たち――一方におけるホスト社会における移住家事労働者の人種的排除から恩恵を得る雇用主、そして他方における家事労働者――のトランスナショナルで、フェミニスト的な連帯の欠落をいっそう深刻なものとしているという点である。
     以上を論じたあと、後半2回の講義では、女の家内空間への封じ込めを維持するうえで、国家がいかに移民政策を使ってきたかに焦点を当てていく。女性の家内性を推奨する国家の役割を論証することを通じて、グローバル経済の展開――それはケア労働の私化を推進するのだが――がいかに女の家内的性格を堅持することに依存しているかを明らかにできるだろう

    I. 6月13日(月) 18:30-20:45
    再生産労働の国際分業の再検討
    コメンテーター:大石奈々(国際基督教大学)

      富める国でも貧しい国でも、女性の生産労働への参入は拡大してきた。だが、このことは女性の再生産労働における責任の抜本的な縮小にはつながっていない。にもかかわらず、「二重負担(ダブル・デー)」はトランスナショナル・フェミニズム勢力の政治課題として取り組まれていない。それは、むしろ女たちのあいだの不平等の源となっている。再生産労働の商品化において、より豊かな女たちは家事労働の負担をより貧しい女たちへと移転する。移住家事労働者の台頭とともに女たちのあいだに不平等な関係が現れているのだが、この関係が提起するトランスナショナル・フェミニズムの課題を検討することがこの講義の眼目である。生産労働ではなく、再生産労働に焦点を当てることで、トランスナショナル・フェミニズムの視点から見たグローバルな諸過程の枠組とその多様な力学を解明していく。どのようにしたらわたしたちは、雇用主である女と移住家事労働者である女のあいだに生まれる不平等な関係に対処できるのか。トランスナショナル・フェミニズムの視点からどのような方策を考えることができるのか。わたしの主張は、継続的に家事労働を女性に押しつけるグローバリゼーションの動きに対して、トランスナショナル・フェミニズムは、家父長制の「分散するヘゲモニー(scattered hegemonies)」と国家の緊縮政策への対抗によって方向づけられていくべきだというものである。

    II. 6月27日(月) 18:30-20:45
    トランスナショナルな親密圏
    コメンテーター:イシカワ・エウニセ・アケミ(静岡文化芸術大学)

      女の移動は、はたして家族内のジェンダー分業を再編するのか否か。この点をこの講義では検討する。第1回の講義を踏まえ、移動によって女の再生産労働負担が緩和されるのかどうかを問うことになる。ジェンダーと移動に関する先行研究においては、移動は女により大きな自律性、決定権、そして自由を与えるという説が主導的な研究者の一致した見解となってきた。つまり、移動は女を解放し、家庭のなかで女がより公平な分業のありかたを要求するうえでの交渉力を与えるというのである。こうした研究は、たいていその主張の根拠として、移動することによって女の稼得能力が高まることを挙げる。これに対して、わたしは、海外就労のフィリピン人母親をもつ家族におけるトランスナショナルな親密圏のありように注目することで、移動は家庭でも職場でも女を再生産労働の負担から完全には解放しないと反論する。フィリピンでは、女――海外就労する母親、拡大家族の親族女性、そして年長の娘たち――が、陰に陽に、遠くにいようと近くにいようと家族の世話をする。女が共同で負うこの責任は、移動による女の解放に限界をもたらすだけでなく、女たちのあいだの分断をもたらすという点で重大である。もっというなら、それは過重労働を強いられる親族女性や娘たちに、移動する女への怨嗟を生み出し、女たちのあいだの緊張を高めていく。この講義では、こうしたことを、海外就労する母親をもち、フィリピンで生活する子どもたちへのインタビューをもとに論じていく。  

    III. 7月4日(月) 18:30-20:45
    人種と階級の地理学
    コメンテーター:石塚道子(本学)

    この講義では、移住フィリピン女性家事労働者の「居場所のなさ(placelessness)」、すなわち職場の内外で女性たちが経験する地理的な排除(displacement)について考察する。ここで用いるのはローマとロサンジェルスで行った移住フィリピン女性家事労働者へのインタビュー・データである。「居場所のなさ」とは、以下の3つの意味を含んでいる。(1) 職場における空間移動の限界、(2) ローマの支配的な公共空間及びロサンジェルスのミドルクラス中心的な移住フィリピン人コミュニティからの隔離、(3) 唯一自分たちの空間と呼べる、バスや公園といった一時的な空間への封じ込め。移住フィリピン女性家事労働者の「居場所のなさ」は、移住にあたって統合を妨げる要因となる。「居場所のなさ」を検討していくことで、いかに人種的排除が彼女たちの移動経験を顕著に決定しているかが了解されるだろう。またそれは、女の移動が必ずしもジェンダーの問題だけに還元されないということを想起させる。

    IV. 7月11日(月) 18:30-20:45
    女、家族、ネーションの再生産
    コメンテーター:鄭暎惠(大妻女子大学)

      この講義では、家族のメタファーがどのようにネーションのアイデンティティを示すマーカーとして利用されているのか、そのありようを検討する。分析対象はアメリカ合衆国の移民法である。講義では1874年から1952年までのアジア人排斥の移民法を歴史的にたどり、こうした法律の背後に近代核家族の保持という考えがあったことを明らかにする。
    アメリカ合衆国におけるアジア系排除の歴史は、しばしばジェンダーを考慮せずに、「人種差別的排斥」に還元される傾向にあるが、これに対して、わたしはジェンダーの視点から再構築を試みる。ナショナルな境界の形成においてジェンダーと家族が果たす重要性を示すことで、「人種差別的排斥」を他の要因と交差するもの(インターセクショナル)としてとらえ、アジア系排斥の物語が人種の規制であると同様に女性の家内性の規制でもあったことを明らかにする。
    講義では、女に対する統制――そして領域分離というイデオロギー――がいかに近代国民国家のアイデンティティを支えているかを検討することになる。こうした考察を通して、女性性の構築という、グローバリゼーション下で女性の移動を管理するさまざまな移民法の背後に隠れた問題を剔出し、ジェンダーと移民分野に取り組む同世代研究者への問題提起を行いたい

    V. 7月19日(火) 18:30-20:45
    人身売買とアメリカのグローバル・ヘゲモニー
    コメンテーター:稲葉奈々子(茨城大学)

      グローバリゼーションにおける女性のセクシュアリティの統制が講義の焦点となる。アメリカ国務省が諸外国に人身売買禁止法を制定するよう圧力をかけた問題を取り上げる。こうした道徳的取り締まりは、合衆国における宗教的右派の台頭を反映しているのだろうか。講義では、人身売買をめぐるアメリカの外交政策を、ブッシュ政権の「健全な結婚イニシアティヴ(“Healthy Marriage Initiative”)」という国内政策と関連づけてみたい。アメリカ国務省の人身売買取り締まり政策は、この国の道徳主義的で文化的ヘゲモニーを暗示しているのだろうか。合衆国政府の人身売買禁止法を脱構築しながら、反人身売買のディスコースの根底にある国家と家族の関係と、これらの法に埋め込まれている望ましい女性性(womanhood)の構築について検討する。このように、最終回では、第4回目の講義で検討した、女の地理的モビリティを統御する国家政策とそこに埋め込まれた女性性の構築という問題を、さらに発展的に考察することになる。

    ※このイベントは終了しております。

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