ジェンダー研究の国際的拠点 - お茶の水女子大学 ジェンダー研究センター
 

カルラ・リッセーウ

IGS外国人客員教授、オランダ・ライデン大学社会科学部教授
赴任期間:2002年4月-2002年12月

第11回IGS夜間セミナー

グローバル化時代のケアとジェンダー

期間

2002年7月3日、10日、17日、24日、31日

担当

カルラ・リッセーウ教授 Carla Risseeuw(IGS外国人客員教授、オランダ・ライデン大学社会科学部教授)

内容

ジェンダー研究センターでは、2002年4月から12月まで、オランダ・ライデン大学社会科学部社会文化研究科教授(「比較文化ジェンダー研究」担当)のカルラ・リッセーウ先生を当センター客員教授としてお迎えすることになりました。 カルラ・リッセーウ先生のご専門は人類学であり、1969年にオランダ・ライデン大学にて学士(文化人類学)、同大学で1974年に修士号(文化人類学)を取得された後、1988年にナイメーヘン大学大学院にて博士号(Ph.D)を取得されました。先生の最近の研究関心は、ジェンダーの視点に立った「ケア」、その社会文化的意味とネットワークの検討にあります。また、オランダを例とした北欧福祉国家の縮小の問題など、グローバル化と社会政策に関わる研究にも取り組まれ、多くの論文を発表されています。人類学者としてのフィールドはスリランカ、ケニア、インドにまたがり、オランダでの調査も踏まえながら、エスニシティ、家族/親族、コミュニティ、世代間関係の比較研究に取り組まれてきました。また、国内外の開発機関、NGO(特にスリランカの“Siyath”)との協力、スリランカやケニアにおけるドキュメントフィルムの制作など、実に多面的な活動を展開されています。 当センターでは、リッセーウ先生の来日に伴い、「グローバル化時代のケアとジェンダー」のテーマのもと、下記概要の要領で7月に夜間セミナーを開催いたします。現在、日本においても高齢化とケアへの関心が高まりをみせ、社会政策や環境整備が緊急な課題として議論されております。福祉国家であるオランダの実情も一方でおさえつつ、他方で「南」に国々に関する豊かな知見をもとに、比較文化論的にケア―とジェンダーの問題を取り上げる今回の夜間セミナーは、ケア研究に新鮮な刺激をあたえることになるものと思います。大学内外に開かれたセミナーですので、皆様ふるってご参加ください。

―セミナーを始めるにあたって―
カルラ・リッセーウ

グローバル化(そして自由化)の過程は異なる視点、政治的立場から研究され、少なからぬ論争を生んできた。その一方で、ケア、ならびに社会保障のありようも、地球規模で変化しているのだが、グローバル化という変動過程の分析との関連で検討されることは相対的に少ない。グローバル化をめぐる議論における、このような「社会的領域」の軽視については、1990年代半ば以降、批判が加えられてきた。そのなかには、世界各地のフェミニストによる議論も含まれる。ナンシー・フォルバーによる次のような問いは、こうした批判の核心の一つを示している。「もし資本主義が、今日、本当にグローバルだとするなら、それに伴うグローバルな社会的義務とは何か」(Nancy Folbre, The Invisible Heart: Economics and Family Values, New York: The New Press, 2002:208)。 夜間セミナーでは、相対的に新しい概念である「ケア」がどのような変遷をたどってきたのか、そのジェンダー化された側面に注目しながら検討する。また、この一連の講義で取上げるもう一つの問題は、ケアの仕組みがもつ歴史的文化的多様性とその展開における可能性である。今日ではケアとケアの仕組みに関する議論が、以前に比べて公けに行われるようになったとはいえ、これらの概念に普遍的な意味を付与することには慎重であらねばならないだろう。 セミナーでは、ケアの組織方法における文化的な選好とともに、弱さ、責任、ケアをめぐる異なる文化的前提を精査するために必要な調査研究のあり方にも注目する。

第1回 [7/3 6:30~8:30] ケア、社会政策、ジェンダー ―概念的検討―

コメンテーター:袖井孝子(本学) 司会:伊藤るり(本学)

第1回のセミナーでは、「ケア」概念の多様な意味に焦点をあて、近年の理論的な議論と同時に、政策言説へのこの概念/理念の導入のあり方について、序論的に紹介する。課題となるのは、「ケア」、「家族」、「コミュニティ」といった用語に当然のごとく前提される価値を対象化し、文化的多様性に敏感な分析枠組みを作り出すことである。「ケア」をめぐる研究は、こうした意味の多様性を浮き彫りにし、特定の文化的解釈をグローバルなものとして流通させないような方法を生み出さねばならない。たとえば、多くの国連文書は、「家族」が夫婦と二人の子どもから成る各家族モデルを前提としているが、これは世界各地の社会で見られる、このモデルには当てはまらない家族のあり方を見えにくくする。一定の社会文化的環境の内部、そして異なる環境の間で見られる多様性が、イデオロギー的、そして排他的解釈によって排除されないような方法を見いださなければならない。このような文脈では、「つながり(relatedness)」、「ソーシャリティ(sociality)」といった、より中立的な用語が有用となるのではないか。

■参考文献

第2回 [7/10 6:30~8:30] 地球的課題としての高齢化― ―南北のジェンダー政策課題―

コメンテーター:小島 宏(国立社会保障・人口問題研究所) 司会:伊藤るり(本学)

これから数十年にわたって、各国の政府や政策立案者たちは、ますます社会の高齢化に伴う問題に取り組まなければならなくなる。高齢者層の増加は政策課題として世界的に認知され、2002年4月には国連高齢者会議が開催された。この人口動態における移行の問題は、世代間関係に大きな変化をもたらす。セミナーではこの問題をジェンダーの視点、そして文脈的な視点に立って議論するが、その際に焦点となるのは文化的相違やエイジングにおける関係論的側面である。人がエイジングをどのように受けとめるかは、社会-文化的文脈によって異なる。また、人が家族、近隣、友人、コミュニティにおいてどのような関係をもっているのか、どのようなサポートを得られるのかといった問題によって異なる。セミナーでは、高齢化の社会過程における多様性を理解し、分析するうえで必要な指標と比較の枠組みを試論的に提示する。また、人は家族、そして/あるいはコミュニティのメンバーとしてだけでなく、市民として加齢を経験する。このことから、私的社会契約、公的社会契約の双方を視野に入れた分析が必要となる。

■基本文献

■参考文献

第3回  [7/17 6:30~8:30]
福祉国家の撤退 ―オランダの事例―

コメンテーター:廣瀬真理子(東海大学) 司会:平岡公一(本学)

このセミナーでは、オランダを例として北欧福祉国家の撤退について取り上げる。福祉国家の縮小は、社会政策の調整という公的領域だけではなく、家族、結婚、承認されたパートナーシップ、友人やコミュニティといった私的領域内の再交渉にも関わる。
 1997年から2002年にかけて、インド、オランダ二ヵ国の人類学者と経済学者から成るチームが、「人間のソーシャリティ」という主題のもとに、人類学と社会政策研究の学際的研究を行った。どこの国でも、社会政策の文化的前提はしばしば価値中立的なものとして示される。異なる文化背景をもつ研究者から成るチームを編成したことの大きな理由の一つは、この点にある。セミナーでは、この共同研究で用いられた方法論、及びその主要な成果を紹介する。
 社会変動下の異なる「プレーヤー」(政策担当者、研究者、メディア制作者、作家、漫画家)の視点、ならびにオランダ市民の応答が分析対象となる。そのなかで前提となっている人間性(personhood)、つながり(relatedness)、依存と相互依存に関する文化的観念、さらには自宅ケアを受ける高齢者、ならびに就労とケアを同時に分担するシングル・ペアレントなどの個別ケースに関する成果についても触れる。

■参考文献

第4回  [7/24 6:30~8:30]
ケアと文化的相違 ―東アフリカの伝統治療とケア―

このセミナーでは、「ケア」の実践と文化的差異に焦点を当てる。アフリカの治癒儀式をその土地のコンテクストから切り離して公けにしてきたのは、おもに(西洋の)人類学者である。そのなかで人類学者はしばしばその儀式的側面や属性的な意味を強調してきた。
 セミナーでは私自身が1974年から1992年にかけて撮影してきた映像資料からいくつかの抜粋を用いる。そしてこれらの映像をつうじて、患者の扱い方に関する文化的な形態と非協力的な患者をどう取り扱うかという問題について考える。後者の問題は治癒師(ヒーラー)が世界中の医療従事者と共有する問題である。ここで重要なのは、儀式やそこで暗示される「他者性」ではなく、治癒師、患者、そして彼女の縁者の間の関係性である。これにより「ケア」の特定の理解や患者の取り扱い方法が前景化される。治癒師が非協力的な患者に対して、ときには体を押すなど、ほとんど力づくで接したり、ときには冗談を言ってリラックスさせるといったふうに、なだめすかして治療を受けさせようとするやり方は、「人間性(personhood)」、「人びとの間のつながり(relatedness between people)」、あるいはソーシャリティの形に関する独特の文化的な観念を表現するものである。
 映像内容に関する論文、ならびにこの映画への欧米の視聴者による応答も取り上げる。

■参考文献・映像

第5回[7/31 6:30~8:30]
社会調査と倫理――フェミニスト的ケア観を中心に

コメンテーター:柘植あづみ(明治学院大学) 司会:青木紀久代(本学)

1960年代以降、社会調査における調査者/被調査者の関係に関する批判がなされてきた。また、人類学の伝統的な研究対象と、より広範囲の社会がどのようにつながっているのか、そのメカニズムを明らかにする必要が指摘されてきた。被調査者は自分たちの生活に関して書かれた出版物を見ることがあったのか。調査データは学問の世界の外ではどのように使われたのか。たとえば政治的、軍事的紛争において。社会科学者、とくに人類学者は、その調査対象者と自らを分かつ歴史的、経済的、社会文化的違いをどのようにして乗り越えることができたのか。1980年代に入ると、フェミニストもこの論争に参入し、価値自由で、中立的で、非関与の立場をとる、実証主義的な方法論を告発し、それが「観客的知識」と無関心をしか生まないと糾弾してきた。そして、代わりに「自覚的党派性(conscious partiality)」と呼ばれるアプローチが提唱された(Mies, 1983)。
 最終回のセミナーでは、この「自覚的党派性」の概念と実践を取り上げ、「ケア」、「友情」、「互酬性」、「ソーシャリティ」といったテーマとの関連で検討する。研究者は自らを「精神的に脱植民地化」するだけでなく、「政治的連帯」を表明し、「アクション・リサーチ」の諸形態に参加しなければならない。また、しばしば「信頼」、「ケア」、「責任」に関するまったく異なる文化的な回路を(再)学習しなければならない。現地の「人間関係」の観念が、社会調査にはそぐわない連続性を伴う場合、どうしたらよいのか。調査が完了したあと、研究者はいかに自分の自覚的党派性と連帯を表していけばよいのか。こうしたジレンマを含んだ問題を、フィールド調査――ケニア、オランダ、スリランカ――の経験のなかから考察していきたい。

■参考文献・映像

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